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 300Bプッシュプルアンプ(定電圧電源付)









真空管で名球と言われるものは沢山あるが、中でも300Bは名球中の名球だと言われている。30年くらい前、WE300Bは他の真空管に比べ目だって高価であり、お金のない学生にとっては高嶺の花的存在であった。

現在はオーディオメーカーの完成品やキットでも300Bを使ったモデルは多いし、10万円を切る安価な300Bアンプもあるので、興味があれば誰もが自分の300Bアンプを持てるようになった。安くなった理由は、現在、中国やロシアでリーズナブルな価格の300Bが生産されているからである。

諸般の事情ですでに解体されてしまっているが、10年ばかり前に300Bシングルアンプを製作した。同じ直熱管であるSG-50シングルアンプを製作してからは、このアンプの音質がとても気に入っているので、ありきたりの300Bシングルアンプを再度作る気にはならない。手元に残った300Bを使ってアンプを作るなら、普通でないこだわりのある300Bアンプを作りたいと思っていた。





シャーシーの入手

秋葉原でこんなシャーシーを見つけた。

  

このシャーシーは、オーディオ専科の処分品として出ていたもので、モノラルプッシュプル用なのだが、増幅部に大型出力管2本、9ピンMT管4本、7ピンMT管1本、さらに電源部に大型管1本、中型管1本、9ピンMT管2本の、11本のソケット穴が開いているものだ。製造されたのは30年以上前で、職人が手書きでケガいて穴あけをした手づくりであり、現在のNC旋盤で加工したようなものとは違う。

このシャーシーで実際にどのようなアンプを組んだのか、あるいは組もうとしていたのかはオーディオ専科で聞いてもわからなかったが、電源部に真空管を使った定電圧電源を組み込んだ回路のものだというのはすぐにわかった。こんなシャーシーはよほど好き者しか買わないだろう、ということで値段も非常に安かった。

このシャーシーで製作するにあたって、11個のソケット穴は全部真空管を挿して全て回路的に何らかの役目を持たせて用い、ただ挿してあるだけのダミーには絶対にしないという縛りのもとで、回路をひねり出した。ひねり出したといっても、森川忠勇氏の「オーディオ真空管アンプ製作ブック」に掲載されている定電圧電源付き300Bプッシュプルアンプと、私が過去に製作した2A3EHプッシュプルアンプをベースに、これらを発展させたものだ。そのような経緯で、ステレオで全部あわせると22本もの真空管を使うアンプを作ることになった。

 

こんなふうに、メタリックグレーに塗り替えて、どこにどのような真空管を収めるのを考えながら回路を考えるのは、ある種のパズル解きのような感じもあって楽しかった。塗料は、ホームセンターで購入した日産車の補修用スプレー。尚、VR105MTとEF86は入れ替えて使用した。


メーカーが出来ないことをやる

様々な真空管アンプの製作でも、メーカーだから出来ること、アマチュアだからこそ出来ることは違う。アマチュアの場合、出力トランスなどを何回も試作し、たった1台のためだけに特別仕様のものをオーダーすることや、金型を起こして筐体を作ることは不可能だ。逆に、アマチュアだからこそ出来ることもある。たとえ特許に触れるような回路であっても自由に採用できるし、使用真空管は自分の分が確保できれば希少で特殊な真空管を使うこともできる。販売目的じゃないからコストの制約がなく高価な部品を採用することも自由となる。

今時、定電圧電源まで真空管で組んでしまうようなアンプの発売は完成品メーカーではまず不可能だし、キットメーカーでも難しいと思う。実際に、現行製品の真空管アンプでこういったものを見たことがない。しかし、昔の無線と実験やラジオ技術誌にはそういった製作記事はあった。また、このシャーシーのものではないが、オーディオ専科では昔、定電圧電源付きの300Bや2A3プッシュプルアンプをキットで販売していた。そのアンプの詳細は、「オーディオ真空管アンプ製作テクニック」「オーディオ真空管アンプ製作ブック」(共に森川忠勇著)に掲載されている。


なるべく手持ちの安い真空管を活用

採用した真空管は全て手持ちのストックで、300B以外は1本¥800以下で昔購入した安いものばかりである。特に6AQ5や6414はソケットの方がむしろ高いかもしれないという価格で買った代物だ。定電圧電源を真空管で組むなんて、コストがむちゃくちゃかかるだろうと思っている方もいるだろうが、たとえ今から真空管を買い揃えても普通に整流管のオリジナルWE274AとかWE274Bを使って組むよりも回路は複雑になるけれどずっと安くなる。

レギュレータ管6080は、現在ではオーディオ用の出力管として使われる以外にはほとんど使い道が無く、オーディオ用として使うのでもバイアスが-120V位ととても深くドライブが大変だとか、OTLアンプを組もうにも2つのユニットのばらつきが大きくて使いこなすのが大変で、人気が無く昔よりかえって格安に手に入る。出力管として使うのが難しいのなら、安いのだから本来のレギュレータ管として使ってやれば良いじゃないかと思う。むしろ、嘆かわしいことに、だだのダイオードである普通のNOS整流管は枯渇してしまい、レギュレータ管の6080などよりも高価になってしまっている。

今から球を集めて作るのなら、高価になってしまったEF86を使わずに、似たような多極管で半ばうち捨てられていて現在でも安価な球を採用したと思う。本アンプの回路では直接信号増幅にかかわらないし、似たような特性のものならば回路を小変更すれば使用可能だ。私は使うあてのない昔安かったロシア製のEF86を持っていたから使ったに過ぎない。6EM7は解体した6EM7ロフティン・ホワイトアンプに使っていたものの流用である。

また、有難いことに、このアンプの構想途中でぺるけさんからVR105MTなどの定電圧放電管をたくさんタダで譲っていただいた。ある意味、このアンプの目玉はこの定電圧放電管で、灯を入れたときには管全体が薄紫色に発光し11本の中でも異色な面白い存在である。



回路

電源部

+B電源部には6080、EF86、VR105MTを使って安定化させ、-B、-Cも6EM7とツェナーダイオードRD36Fを使い完全に安定化させる。基本的に森川氏の製作記事のものを参考にさせてもらった。

電源が真空管なのか半導体なのかで音質が違うというのは、カウンターポイントSA3.1とSA5.1というプリアンプに良い実例がある。SA3.1の電源部は半導体、SA5.1は真空管で構成されていて、増幅部分は全く同じ回路であるのに音質傾向は異なっていた。共に真空管アンプとしては解像度が高いのは共通しているが、SA5.1の方がより優しくふくよかでしなやかな音であり、SA3.1はより切れ込みの良い音だった。そういった部分で、音質的にも真空管を使った定電圧電源のご利益を期待した。また、半導体は熱に弱いうえ高電圧動作条件では真空管の方が安心できる。

出力トランス     TANGO XE60−5
チョークコイル    TANGO LC5−250D
電源トランス      TANGO S−2567(特注)
1次:0-100V
2次:0-340-360V 230mA DC(0.42A AC)
   0-100-230V 100mA DC(0.18A AC)
   0-6.3V    4A
   0-6.3V    4A
   0-2.5-5V  3A
   0-2.5-5V  3A
当初は300BのフィラメントはAC点火の予定だったが、最終的にはDC点火することにした。AC点火のままでも残留雑音は0.5mV以下まで落ちると思うが、さらに静寂なアンプにするためである。


増幅部

増幅部は初段5814A、ドライバ段は6414を2本使用し、直結二段差動型位相反転回路とし、初段の共通カソードにはEF86、ドライバ段の共通カソードには7ピンMT管(シャシーの穴の都合である)の6AQ5を用い定電流化して差動回路が理想的に動作しACバランスが完璧に近くなるようにしている。

このアンプは、定電圧電源だけでなく増幅段の定電流回路まで全部真空管である。無意味に大げさだし無駄だという批判もあるかも知れないが、何せシャーシーに11本の真空管のソケット穴が開いているので、使えるところはなるべく真空管を使ったんだという回路で、こういうアンプを一生に一度くらいは作ってみたいという思いもあった。

差動回路の共通カソード回路は、簡単に抵抗で済ませることもできるし、半導体を使って定電流回路を組むこともできる。実際、その方が一般的だろう。だが、共通カソードに入れた抵抗の銘柄の違いで音質はかなり変わることを経験しているし、半導体を使った場合でも簡便に定電流素子を使ったときと本格的にディスクリートで組んだのでは音質が違う、という声も他所から聞こえてくる。どうせなら、ここも多極管の定電流特性を利用して真空管でやってやろうという発想である。一見複雑に見えても信号増幅部分はシンプルで、2A3EHプッシュプルアンプと本質的に何ら変わりない。

「オーディオ真空管アンプ製作ブック」に掲載されていた森川氏の製作例では、定電流回路に初段とドライバ段に6414の1ユニットずつで1本、ドライバー管6414を並列にせず1本のみにして球数を少なく済ませ、非常に合理的にまとめられている。しかし、300Bのグリッドリーク抵抗は規格を上回る100KΩとなっていた。300Bのグリッドリーク抵抗は固定バイアスの場合では50KΩ以下に制限されているが、グリッドリーク50KΩでは負荷として低く-80Vの深いバイアスを振り切るのは厳しいのと、当時の300Bは信頼性が高かったので100KΩで使用しても問題なかったのであろう。ちなみに武末数馬氏設計の300Bアンプでも、固定バイアスでグリッドリーク抵抗が100KΩだったのを見たことがある。

現在入手容易な300Bは、森川氏が設計した当時と比べて信頼性が低いものもあると言わざるを得ない。そういったことも考慮し、またシャーシーの穴の都合もあり、ドライバー管を並列接続で2本用い電流を2倍流すことで対応し、300Bのグリッドリーク抵抗を半分の49Kと規格内で使用することにした。また、初段の5814Aのプレート電圧が約50Vと普通よりかなり低いのは、そうやって相対的にドライバー管6414の実効プレート電圧を上げてやらないとバイアスの深い300Bをフルスイングできないから。出力段をA級ではなくAB級としたのは、電流変動がないA級ではわざわざ電源部に複雑な定電圧電源を組んだメリットを、それほど享受できないと考えたからである。

NFBは約6dBであるが、全く位相補正は不要だった。10KHzの方形波応答の観測ではリンギングやオーバーシュートは全く無く、1MHzまでの周波数特性を観測しても、特に気になるピークは無かった。

尚、初段の5814Aであるが、選別が必要だった。使用したのは1980年代のPHILIPS ECGのものだったが、3本のうち1本はカソードに入れた100Ωのボリュームを振り切ってもバランスがとれなかった。アンバランスが30%以上あるようなものだとこのアンプでは使い物にならない。6414はレイセオン製だが、この球は並列接続するのに特別な手当ては不要である。



製作過程での変更点



これが、配線作業にとりかかる前の外装部品などを取り付けた段階。自作アンプの場合、ここまでくればもう峠は越えた状態だが、多忙であったので、ここから実際に半田付け作業に取り掛かるのに丸々1年ほど放置したままであった。

先に回路を決定しそれに合わせてシャーシーを用意するのが普通だが、このアンプは偶然に安く買ったシャーシーを使ってそれに合わせて回路を考えて部品のレイアウトを構成したので、不満な部分もある。例えば、VR105MTのソケット穴は、本来は9ピンMT管用だったのだが、9ピンMTサイズ穴で使える7ピンMTソケットをあてがって対応している。

この時点では、青いコンデンサーとチョークの間にボリュームが付いていたが、リーマーで穴を大きくして300Bのプレート回路に入れるためのヒューズボックスを付けた。300Bは固定バイアスなうえに、マイナス電源も定電圧回路が入っており、万が一、6EM7やその周囲に異常が発生した場合、バイアスがかからなくなって300Bが昇天する可能性があるが、それを防ぐためである。

3個のボリュームを装着して使用した部分は、もともとはオイルコンデンサ用の穴だったものらしい。これを流用しているので電源部のボリュームの回路がかなり長く引き回されることになった。

また、ボリュームは調整後、不用意に回したりすると困るので、デザイン上も考えて、トランスケースのような大きなカバーをつけることにした。これはいろいろ探したあげくに、リードの小型シャーシーを銀色に塗装して用いた。1mm厚のアルミ製なのでヤワだが、特に強度が必要なわけでもないし安価だったので採用した。










内部



上は製作当初の状態。音質にかかわるキーパーツを若干変更したのが下。

例によって試行錯誤をし、CRパーツを付けたり取ったりを繰り返したため、決して綺麗だとは言えない。だが、複雑な回路であるのでレストアが楽なように組んだつもり。


特性

無帰還時
最大出力   0.38V入力時  約25W    
残留雑音   Lch 0.18mV   Rch 0.22mV
周波数特性  高域  -1dB 25KHz   -3dB 50KHz   -6dB 83KHz
          低域  -1dB 28Hz    -3dB 14Hz  (8Ω負荷1V出力時)

負帰還時(約5.6dB)
最大出力   0.73V入力時  約25W
残留雑音   Lch 0.14mV   Rch 0.18mV
周波数特性  高域  -1dB 41KHz   -3dB 98KHz   -6dB 140KHz
         低域  14Hzまでほぼフラット         (8Ω負荷1V出力時)


音質

私が今まで作った真空管式プッシュプルアンプの中で、おそらく一番音質的に良い。立ち上がりが優れ中域が充分に厚いうえナローレンジな感じがない。歪っぽい感じが一切無くキレの良い音質で、同じ回路構成で作った2A3EHプッシュプルアンプと比べると風格が違う。


2010年12月 出力トランスを換装

出力トランスにTANGO XE-60-5を使っていたが、上位機種であるFC-120-5が入手できたので、載せ換えてみた。取り付けネジ寸法も、丸い端子盤の配置も大きさも全く同じなので、手間はかからなかった。ただし、外形寸法がXE-60-5は110mm x2だったのがFC-120-5は125mm x2と一回り大きいのだが、幸か不幸か私のアンプには載せられるスペースの余裕があった。

やはり、音質は上位機種であるFC-120-5の方が一枚上手だ。同じTANGOのトランスで、コアも同じもの(FC-120-5は、コアをダブルで使っている)で音質傾向は似ているが、FC-120-5は、より鮮明できめ細かく、そして音楽をはずむように出す感じがする。元に戻そうという気にはならない。

換装後の写真。挿してあるナス型の300Bは、Full Music 300B/n。



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