音楽とオーディオの部屋 トップページへ

6AR6 CSPP(クロスシャントプッシュプル)アンプ





  
使用したシャーシはKS-400という小坂井電子のオリジナル品で、400x250mm 天板は2mm厚アルミパネル、フレームは1.2mmの鉄製です。頑丈なので、フレーム背面の穴あけは大変でした。シャーシとチョークコイルはハンマートーンのスプレーで塗装しています。



6AR6という真空管とは?



レーダー用掃引出力管です。本機で用いたものは1952年製で軍に納入されたものの払い下げ品なので、軍用のレーダー装置の保守用部品だったものでしょう。1950年代はアメリカの真空管製造技術がもっとも高かった時期で、オーディオ用途の6L6WGBをさらに堅牢にしたような感じで、見るからに軍御用達の高信頼球という風貌です。プレート損失やスクリーン耐圧などは6L6WGBとほぼ同規模ですが、同じバイアスでなら6AR6の方がより電流が流れますので特性は異なります。

もともとはオーディオ用ではなくて、ピン接続が6L6族やEL34/6CA7などとは全く違っていてそのままでは差し替えが出来ませんし、過去に採用されたメーカー品の有名アンプがなく、オーディオ用としての正式データが発表されていません。しかし、60年前に製造された高信頼球がいまだにストックとして残っていて6L6族やEL34/6CA7の1950〜60年代のNOS球よりもずっと格安な上に、オーディオ管としてみても優秀な性能を持っている真空管なのです。




設計製作コンセプトと回路

CSPPを採用したマッキントッシュやラックスの真似をしても仕方が無いと言いますか、真似しようと思ってもきちんとしたものが出来ないのがわかっているので、一般にあまり使われず比較的価格が安く、それでいて潜在能力の高い出力管である6AR6を採用し、なるべくシンプルなオリジナルの回路で製作することにしました。本機では、6AR6をA級プッシュプル動作させて20W程度の出力を目標にしました。

回路図


変形ムラード型

通常のムラード型のように初段とドライバー段を直結にするのは、ドライバー段の実効プレート電圧が低下するので極めて高いドライブ電圧が必要なCSPPには不向きです。本機では初段とドライバー段をCR結合とし変形ムラード型としています。この回路だとドライバー段にマイナス電源が必須ですが、三端子レギュレータを使って定電流源を得て、余っている6.3Vのヒーター巻線からブリッジダイオードとコンデンサ1個だけでマイナス電源を構成し、シンプルに済ませています。共通カソード回路を高抵抗だけにしますと-100〜150Vのマイナス電源が必要ですし、昔のように定電流源を真空管で構成しますと、かなり複雑な回路になってしまいます。真空管全盛時代にこのタイプの回路が使用されたアンプをあまり見ないのは、回路が複雑になりコストもかさむことが理由だと思われます。現代の半導体素子があるおかげでシンプル化できる回路だとも言えます。


ブートストラップ

出力段からドライバー段に対してブートストラップをかけ、ドライバー段の出力電圧を大幅に水増ししています。反面、ブートストラップは一種の局部的なPFB(正帰還)となりますので出力段のKNFの効果を相殺しますが、ドライバー段に三極管を使った場合には、固有のμ以上の増幅率にはなりませんから、2〜3dB位のPFBに相当するだけですので、出力段のKNFは充分に効いたままです。


以上の回路の採用で高電圧が不要になり、出力段と前段の電源を別建てにすることも不要で、かなり簡潔になっています。



主な使用部品について

他の使用真空管



ドライバー段には
7119を採用しました。ピン接続が12AU7や12BH7と異なるのでそのままでは差し替えできず自作派しか使わないと思いますが、強力な低内部抵抗ドライバー管として知る人ぞ知る真空管です。1950年代の真空管式コンピューター用のSQ管で、本来はオーディオ用ではありません。米軍の旧式設備の保守用として製造されたもののストック品です。

初段の真空管はロシア製6C45Pi、この真空管もポピュラーではありませんが、μが50以上あるのに内部抵抗は1.5KΩ程度しかないという驚異的な特性を持つ、知る人ぞ知る球です。


CSPP用の出力トランス

CSPPアンプに使える市販のOPTは限られます。現行品ではありませんが、旧タンゴのCRD-5、CRD-8はULタップが丁度50%のところで出ているので、Bを左右に分断して使えば使用できます。また、同様な理由でソフトンのPP用トランスも改造すれば使えるようになりますが、改造はメーカーは一切の保障はしてくれません。

本機で採用したのは染谷電子の
ASTR-12という容量50WのCSPP用トランスです。このトランスはCSPP専用で普通のPPには流用できません。今までなぜ管球トランスメーカーがこの手の出力トランスを製品化しなかったのかといえば、作れなかったからではなくて、用途が限られるため需要が多くないからでしょう。逆に言えば、染谷電子さんは、よくこんなOPTを発売したものだと褒めてやりたいくらいです。

これは、購入時に添付されてきたデータのうちの1枚。3.5KΩ側のデータも付いていました。


ASTR-12は、思ったほど高域が伸びているわけではなくむしろやや狭帯域なのですが、減衰特性が素晴らしいです。全くといっていいほどピークやディップがありません。このようなOPTを最大限活かすのには、高域第一ポールを出力段にすることです。つまり、ドライバー段までを広帯域にして出力段を一番狭くすることでスタガ比を確保するような設計が最適だと思うのです。だから、ドライバー管や初段管に内部抵抗の低いタイプの三極管を採用することにしたのです。この手の設計手法は、普通のDEPPアンプであれば黒川達夫氏がやっていますが、古いマッキントッシュやラックスのCSPPアンプでは、初段を一番狭くした設計になっています。ここの違いで、マッキントッシュやラックスのアンプよりも音質的に優れた部分が出せたなら、アマチュアでも名機に比肩できるアンプが出来るような気がします。


電源トランス

電源トランスは特注品を使わず、汎用品であるTANGO MX-280を使いました。MX-280は、シリコンダイオード整流では通常のコンデンサ入力の場合、最大で260mAまでしか取り出せませんが、本機では300mA程度必要です。電源部はセミ・チョーク入力として低電圧・大電流が取り出せるように対応させましたダイオードとチョークの間のコンデンサが9.5uFと極端に少ない容量なのは、チョーク入力に近づけたことが理由です。
尚、この9、5uF/400VACのフィルムコンデンサは、耐リップル特性に優れるACモーターの進相用です。


チョークコイル

チョークは、ノグチ PMC-518Hを左右別々に計2個使っています。性能に対して安価なのが採用理由でした。また、チョーク以後を完全に左右別電源としたのは電源部からのクロストークを減らすためで、結果的に超低域のクロストーク特性が良くなるためか低域の分解能が良くなります。



内部
 





特性

無帰還時
残留雑音 Lch:0.45mV Rch:0.48mV 最大出力 約19W(1KHz 0.27V入力時)

周波数特性(1KHz 2.8V出力時)両chともほぼ同じ。
低域 -1dB:26Hz  -3dB:11Hz 
高域 -1dB:27KHz -3dB:54KHz -6dB:100KHz


負帰還 約10dBをかけたときの最終特性
残留雑音 Lch:0.21mV Rch:0.27mV 最大出力 約19W(1KHz 0.86V入力時)

周波数特性(2.8V出力時)
低域  両chとも10Hzまでほぼフラット
高域  Lch -1dB:78K -3dB:136K -6dB:201K 
     Rch -1dB:79K -3dB:139K -6dB:200K 

10KHzの方形波応答は、1500pFの微分補正をかけた状態で少し角が残りますが、容量負荷でも発振しないので、これで良しとしました。



音質

出来上がった当初は、低音の解像度がなく音にツヤも無かったのですが、現在は低域は良く締まり、高域は刺激感が無く良く伸びます。中域はぶ厚いです。全体に力があって、音を小さく絞っても普通のプッシュプルアンプにありがちな音崩れがありません。あまりスピーカーも選びませんし、多様な音楽ソースに幅広く対応できるという意味では、このアンプはかなりの優等生です。現状でも少しずつ音に変化はあるようです。だんだんしなやかになって、細かい音も出せるようになっていっているような感じです。出力トランスのエージングの為なんでしょう。ASTR-12は、エージングで時間の経過とともに音が良くなるのだそうです。

管球A級19Wというと、一般家庭用として充分すぎるパワーだと思います。このような回路なら、かなりシンプルで無調整ですので製作しやすいですし長期間安定に動作するのではないかと思います。多くの方にCSPPアンプを製作していただきたいと思います。


                             音楽とオーディオの部屋 トップページへ