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信号系にヨーロッパのNOS球のみを使って製作

     185BT CSPPアンプ




 

英国のCossor185BTというテレビの水平偏向管を使い、モノラル構成の40W以上の出力を持つマッキントッシュ型CSPPアンプを作ってみた。所謂、マッキントッシュのユニティカップルド・サーキットを出力段に採用したもので、オリジナルのマッキントッシュ・アンプ達をリスペクトしつつ、現在入手出来る部品を使いそれなりの工夫や物量を投入して、使用した出力管やデザインはオリジナルとは全く異なったアンプで、良くある格好だけマッキントッシュに似せたオマージュ・キットとは思想が全く異なるものである。



185BTという真空管

    
Cossor185BTは1940年代〜1950年代の古い英国製のテレビ用の真空管で水平偏向に使われた。私が制作を開始した時点ではオーディオアンプでの制作記事などは無く、ネットで検索しても出てこなかった。しかし、この球のヒーター規格違いの62BTという真空管を使ったQUAD2型アンプの制作記事が「オーディオ真空管アンプ制作テクニック」森川忠勇著に掲載されている。また、私のアンプの制作途中で、MJ無線と実験2016年6月号に長島勝氏による185BTシングルアンプが発表された。
 
62BTはヒーターが6.3V/1.27Aであるが、185BTでは18V/0.45Aである事が違うだけで、プレート特性その他は全く同じである。「オーディオ真空管アンプ制作テクニック」には、62BTのプレート特性のグラフが掲載されていて、これさえあればシングルアンプでもプッシュプルアンプでも設計することは可能だ。



使用出力トランス 染谷電子ASTR-08(トリファイラ巻CSPP用)


ASTR-08
左の大きい方がASTR-08で、右はASTR-12というバイファイラ巻のOPT。
ASTR-08は1次側にプレート巻き線、カソード巻き線、スクリーン・グリッド用として使える巻き線を持つトリファイラ巻きのマッキントッシュ型CSPP(クロスシャントプッシュプル)用の出力トランスで、最大出力容量は50W(1次側3.2KΩで使用時)。



設計製作コンセプトと回路

全回路図



1)マッキントッシュ型CSPPアンプでASTR-08の出力容量に合わせ、最大出力50W近くを目指した。
       
RL3.2K(Zp-p3.2K)では、実効プレート電圧350V、スクリーン電圧を175V、コントロールグリッドバイアスが-25Vくらいでプレート電流を1本あたり約50mA流せば、出力は50W弱とれる。RL4.4K(Zp-p4.4K)では、実効プレート電圧350V、スクリーン電圧を150V、コントロールグリッドバイアスがー20Vくらいでプレート電流を1本あたり約50mA流せば、出力は40W弱となる。本機ではRL3.2KΩで設計した。


2)モノラル構成として電源を強化し、450V/2200uFの大容量電解コンデンサを投入。

         
            ニチケミ RWL (85℃で2万時間保証の長寿命・高信頼の大型電解コンデンサ)

マッキントッシュ型CSPPアンプの利点の一つにスイッチング・トランジェントが発生し難いという特徴があり、B級に近い深いAB級で動作させても音質が損なわれる事は無い。その為に電流変動が大きいので電源部がしっかりしてコンデンサの容量が大きい方が大入力が入った時の電源の瞬時供給能力が高くなって音質が良くなる可能性が高いので、このアンプでは手持ちの450V/2200uFの電解コンデンサを使う事にした。+B回路にこれだけ大容量のコンデンサが入ると、スイッチ投入時のラッシュ電流が大きく電源トランスの2次側が一瞬ショートしたのと同じになってしまうので、500Ωの抵抗を介してゆっくりチャージさせ、約10秒後にタイマーリレーが動作して導通するようにしてみた。尚、隣に立っている2本の銀色の円筒形のコンデンサはShizuki SHP 55uF/250VACのオイルフィルム型である。

    


3)電流変動の大きい185BTのスクリーン電源は13FM7を用いて定電圧回路を組んだ。
無信号時から最大出力時の電圧変化は、電流変動が大きいために出力管のプレート電圧は20V以上降下するのに、スクリーン電源は1.1Vしか降下しないので13FM7は定電圧源としてしっかりと機能している。13FM7は、テレビ用垂直出力、垂直偏向を1本で行う複合管で米国GE製の物を使った。


4)ドライバー段はブートストラップをかけずに出力管と共通の電源のままプレートチョークドライブとし、出力段を強力にドライブ。
出力の大きなCSPPアンプで一番重要なのはドライバー段の設計である。ASTR-08というトリファイラ巻CSPP用出力トランスを用いて185BTCSPPアンプを制作する場合に、計算上、Zp-p3.2KΩで使用した時、+Eb:約350V、+Esg:+175V、その時に約50W弱の出力が得られる。

仮に、最大出力45Wとしてみよう。その時、OPTの一次側には、約380Vrmsの交流電圧が発生する。水平偏向管やオーディオ用ビーム多極管をマッキントッシュ型CSPPの出力段で用いるとき、出力段の増幅率は1.4〜1.9倍位になる。本機の出力段の利得は1.64位。ゆえにドライバー段では、360Vp-p程度以上の送り出しが出来なければ出力段をフルドライブ出来ない。だから、通常だとドライバー段に出力段よりも高い電圧をかけるか、ブートストラップ等のドライブ電圧水増しの工夫が必要だったりする。ブートストラップは一種のPFBなので、出力段のCSPPによるKNFの効果を打ち消してしまう。実際は、痛し痒しな回路技術なのだ。ところが、ドライバー段の負荷にセンタータップ付きのチョークを使うと、直流的には数百Ωなのに、交流的には数十KΩのプレート負荷抵抗で高電圧で動作させたのと同等になる。
            

以下のE180CCのEp-Ip特性グラフを元に負荷47K+47K(42.5KΩ)でのロードラインを引いて作図してみた。

プレート電圧260Vでロードラインを引くと、およそ430Vp-pが得られるので出力段を充分にドライブ出来る。E180CCは、μ≒50、内部抵抗≒10KΩ、最大プレート損失2W、最大プレート電圧275Vのコンピューターに使われたMT真空管である。


5)初段とドライバー段を直結した差動2段の回路とした。
初段E88CCとドライバー段E180CCは直結にし差動2段の回路とした。この回路はACバランスの崩れが無く、初段のカソードにVRを入れる事でドライバー段の両ユニットの電流値をきっちり揃える事も出来る。それにより、電流のアンバランスが生じてセンタータップ付チョークのインダクタンスが低下するのを防ぐ事が出来る。

初段のマイナス電源は、RD6.8Fを直列に2本とし、間にブルーLED(3V/5mA)を挟み、-10V程度になるようにしてみた。こうする事で初段のE88CCに正常なカソード電流が流れると青いLEDが点灯するように出来るし、-10V位であればE-102、E-202による定電流源にとって理想的な状態になるからだ。ヒーターが温まるとカソード電流が流れ出し青いLEDが点灯し、その直後にタイマー・リレーがONになる。


6)信号系はヨーロッパのNOS球のみを使って製作
185BTは英国製だから、信号増幅部分のE88CC、E180CCも手持ちのヨーロッパ製(オランダPhilipsへーレン工場製)の物を使った。信号増幅系の真空管を全てヨーロッパ製で揃えて、往年のヨーロッパのテイストのする音質にしてみたいと思ったから。ある種の変なこだわりである。



シャーシと電源トランス、チョークコイル


タカチ SRD SL-10HG
シャーシは、タカチ SRD SL-10HGを自分で穴あけして使用した。

185BT CSPPアンプ用電源トランス 染谷電子の特注品でASTR-08と同じ形状のケースに入れてもらった。
1次 0-100V
2次 0-270V/380mAAC 0-18V/0.5AAC 0-18V/0.5AAC
   0-35V/50mAAC 0-6.3V/3AAC 0-12.6V/0.6AAC  合計 約150VA

1H/250mAチョークコイル(深さ5cmのシャーシに内蔵できるもの)
プレートチョーク KL10-05



内部の様子

 

配線は決して綺麗に出来ていないが、メンテナンスがやりやすいようにはなっている。



特性

無帰還時
最大出力 Lch 約47.5W (1KHz0.29V入力時)  Rch 約43W (1KHz0.285V入力時) 
周波数特性 両chともほぼ同じ(1W出力時)
高域 -1dB 20Khz   -3dB 33KHz   -6dB 50KHz
低域 -1dB 15Hz    -1.9dB 10Hz

残留雑音 Lch 0.42mV、Rch 0.48mV


約9.3dBの負帰還をかけた時
最大出力 Lch 約47.5W (1KHz0.85V入力時)  Rch 約43W (1KHz0.84V入力時)

周波数特性(1W出力時)
高域
Lch -1dB 52KHz  -3dB 67KHz  -6dB 120KHz  78K付近にディップが、89K付近にわずかなピークがある。
Rch -1dB 54KHz  -3dB 73KHz  -6dB 120KHz  76K付近にディップが、89K付近にわずかなピークがある。
両chともそれ以外は1MHzまでスムーズに減衰する。このピーク・ディップは、アンプの安定度の妨げにはなっていないようである。

低域 両chとも10Hzまでほぼフラット。

残留雑音 Lch 0.20mV、Rch 0.22mV



音質

シングルアンプの様に小音量で音崩れがないのは通常のプッシュプルアンプと異なる所で、音の前後感が出しやすいのはドライバー段までを差動直結回路とした効果もあると思う。マッキントッシュ型CSPPアンプとしての特徴である、引き締まった低域でかつ押し出し感がある音がする。高域は癖は無くスッキリしており、躍動感があり濃厚でありながら鮮明な音質である。

JAZZのベースは良く弾み、ドラムのアタックも鮮明である。ヨーロッパ管で揃えたご利益なのか、ヴァイオリンやチェロなどの弦楽器が良く響きオペラの歌声は生々しい。私が今まで制作した3種のマッキントッシュ型CSPPアンプの中で一番音質が良い。採用した出力トランス、染谷電子ASTR-08が高性能である事に加え、電源に大容量電解コンデンサを使用した事や、ブートストラップをかけないプレートチョーク・ドライブの恩恵が大きいと思う。

Cossor185BTはオーディオ用ではないが、工夫して使えばオーディオ用の大型多極出力管に負けない大出力でかつ高音質なアンプを作る事が出来る真空管である。



予算

真空管が比較的廉価に調達出来たのと、シャーシを自分で穴あけしたので、ステレオ2台で17万円程度だった。ちなみに、真空管はヤフオクで落札したCossor185BTの調達コストがとても安く@¥500以下だった。真空管屋さんで調達した13FM7が@\500、E180CC@¥1600、E88CC@¥3000で、初段の真空管が一番高価なものとなった。



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